御託すら愛おしい

 新入社員は入社後に行われる共通研修の終盤で配属先の面談を行う。彼らが希望の事業部を選択したのち、人事部が本人の適正と希望・面談の結果を元に各事業部に振り分けられる。そのため、各事業部が新入社員向けに開く懇親会は実質事業部の採用活動のようなもので気が抜けない。そんな一大イベントに私も駆り出された。

 毎年恒例のこととはいえ、第一希望で入らなかった私に何をしろと言うのだろうか。新人のことなんて気にかけないアラフィフマネージャーの会議は夕方になると時間管理が雑になる。こちらは17時丁度にミーティングを終えてもらわないと困るのに。バレない程度に会議を急かし10分遅れで会議は終了。こういう場新卒社員向けの場に遅刻が多いとそれだけ残業が多い部署だと思われる。それだけは避けたくてメイク直しも何もしないまま会社を飛び出した。
 開始時刻からやや遅れ会場に到着。小さな店舗を貸し切ってのイベントだったため、入口には見知った先輩たちが立っていた。少し近況について立ち話をした後部屋に入ると、スーツ姿の若者が眩しい。
 普段オジサマばかり見ているからかいやに新鮮な光景だ。思わずにそれぞれのテーブルに目をやる。幹事の先輩に誘導された卓は男子しかいない席だった。ここ本当に私であってる?と目くばせをしてみたもののどうやら間違いではないらしい。女同士になるのかと思っていたため少々面喰いながら席に向かう。私の席のみが空白になっている卓は、気のせいかやけに大人っぽい子が多かった。

「3年目の#dfam#です。趣味は音楽、業務は〇〇商社を担当してます。よろしく。」

 そう言って腰掛けると隣の席の子が黒尾です。と名乗った。(他の子達よりも大人っぽくてもしかしたら院卒とか浪人で同じ歳くらいかもしれないと勘繰ったが後に純粋な23歳だったことが分かった。)彼は席に着くなり飲み物を私に尋ねてくれた。ここまで早歩きをしていて喉が渇いた私はビールを追加注文する。彼らの席にもまだグラスがないから丁度これからというところなのだろう。卓に飲み物が配られるまでの間、間を繋ぐように一人ずつ自己紹介をした。
 黒尾くんは私に色々質問をしたり他の子たちに話題を振ったりして場を盛り上げてくれた。こうして隣に立つとますます体躯が良いのが分かる。ワイシャツとボルドーのネクタイに紺色のパンツ。ネクタイはよく見ると黒い猫の刺繡が入っていた。愛猫家かな?ビールグラスを支える腕は筋肉質で昔相当スポーツやってたのでは。と思わせるスタイルだった。その横にこんな見た目も中身もヨレてグチャグチャになった女で良いのだろうか。せめて化粧を直してから来ればよかったと後悔する。

 席は幹事側で割り振ったと聞いていたのだが、ここはたまたま仲良いメンバが多いらしく、彼が話を回してくれてやりやすかった。部署配属について感想を聞かれ、正直希望してなかった部署ではあるものの、いざやってみたら自分に合ってるように思えたから人事に身を委ねるのもありだね。なんて身も蓋もない事をいうが真剣に彼らは話を聞いてくれた。先輩風吹かせるのはこういうタイミングしかないのでなんだかんだ楽しい。

 話しも一通り盛り上がったところでさあ解散となり、新入社員や先輩たちが散り散りになる。先輩たちにおごってもらおうと集団を探しているとふらっと黒尾くんが私の横に現れた。

「#dfam#さんバンド好きってさっき言ってましたけど結構ライブ行くんですか?」

「会社からだと渋谷も近いしね、結構行くよ。ライブの日だけは定時死守してる。」

「帰れます?」

「正直プロジェクトにもよるけど私のところはある程度自分で裁量持ってるから自由は利くって感じかなあ。」

「そーなんですね、〇〇って知ってます?今度ライブやるんですけど、」

「え、知ってる、好き。ライブは知らなかった。見てみる。いつ?」

「絶対好きだと思いました。」

 自己紹介の時はちょっとマイナーかも、と思い出さなかった好きなバンド名を言われて思わず声が大きくなる。 黒尾くんは得意げな顔をしながらもスマートフォンでライブの日程を出してくれた。

「対バンで来月にありますよ。俺一人で行く予定だったんですけど#dfam#さんも一緒に行ってくれると嬉しいなあ」

「ええ、行きたいけど、見ず知らずの先輩過ぎない?大丈夫?」

「俺#dfam#さんの話聞いてこの部署希望するって決めたのでもう後輩になること確定ですよ。 まあ、部署違っても俺は#dfam#さんと仲良くしたいです。#dfam#さんが嫌じゃなければ。」

 そこまで褒められたら嫌だというわけもなく、その場で私もライブのチケットを取った。「また連絡します」と黒尾くんは嬉しそうに笑いながら同期の輪に戻っていった。
 そうして社会人ほやほやの黒尾くんと私の業後イベントが確定した。ここで見てる限りは良い人そうだけど新卒なんて周りに何言われるかわからないから絶対に先輩としての威厳は守らなければ。

 それから半月後、新卒配属の挨拶をする新入社員の顔を眺めていると、私のテーブルに居た全員そこに居たので思わず頬が緩んだ。嘘でしょ。あんた達もニヤニヤしながらこっち見ないでよ。思わずデスクに顔を伏せる。もしかして私リクルーターの才能があるのでは?と一瞬新たな職の予感を感じたが、単純に先輩が決めたテーブル組み合わせの采配が良かっただけだということに思い至り、淡い妄想は消し飛ばした。
 黒尾くんは同じ部署であれど違うチームに参画になったらしい。同じチームになると格好なんてつけてられないし老若男女問わず労働力として見てしまうため、残念なような嬉しいような複雑な気持ちだった。

「#dname#さん、あんまり笑うのやめてください。俺達不真面目な子だと思われたじゃないですか。」

「 ごめんごめん、まさか全員いると思わなくって…」

 #dname#さん、と呼ばれたことに違和感を覚えつつ、本当にこの部署に配属になった黒尾くんたちに謝罪する。

「あの後#dname#さんのメールに連絡しようと思ったんですけどこの部署に#dfam#さん2人いて迷いました。多分#dname#さんだろうと思ってはいたんですけど自信なくて。」

 だから呼び方を変えたと言わんばかりの説明に、ああそうだね。と相槌を打つ。確かにに私と同じ名字はもう一人いるため、社内で#dname#さんと呼ばれることも珍しくはない。

 黒尾くんはそれじゃあまた、と会釈して自分の立ちの会議室に戻っていった。これから色々業務説明とか受けるのか。大変そうだな、と自分が受けた当時のことを思い出そうとするがほぼ同期との雑談しか記憶に残っていなかった。まあそれでも業務はできてるし問題ないだろう。

 自分の若い頃を思い出しながら今日のタスクを消化し気づけば夕方。急に呼ばれることが多かったが思いの外順調に終わりそう、帰宅時間の目処をつけた頃、見慣れないメールアドレスから連絡が来た。黒尾くんだった。

“今日時間ありますか?歓迎会しませんか?”

 歓迎会の催促を本人からされたことは今までなかったので思わず文章をみて笑った。新卒でここまで距離感詰められる人ってどれくらいいるんだろう。少なくとも私はできなかったからこうやってすぐに人の懐に入り込める子が羨ましかった。「いいでしょう。」と返信を入れて予定表をブロックする。時間までに細々とした雑務を片付けてしまおうと再度気を引き締めた。

 まだ仕事してる人達がいるフロアで待たせるのも申し訳ないので1階エントランスでの待ち合わせを指定した。定時から少し遅れての退社。エレベーターを降りると黒尾くんが待っていた。

「ごめんね、お待たせ。…もうみんな先行ってる感じ?」

「いや、全然。むしろすみません。今日俺と#dname#さんだけだったんですけど駄目でした?」

「え、そうなんだ!てっきり皆来るかと思ってた」

「 それはまた今度やりましょ、今日はとりあえず俺が#dname#さんと飲みたかっただけです。この前のじゃ話したりなかったので。」

 予想外の二人という事実に驚いたが4対1だと確かに私の財布がキツい。そこまで配慮してくれていたのか不明だが黒尾くんの配慮に感謝しつつ、少人数で行くときによく使う居酒屋でも良いか尋ねたところ、ビールがあれば何でもOKと言われたのでそこに向かう。ヒールを履いていても黒尾くんの身長は高く、つい見上げてしまう。同じ部の後輩だからと意識しないように努めていたがどうみてもモテそうだし場馴れしすぎていて怖くなってきた。もし雰囲気に飲まれでもしたら絶対後輩たちに広まるから気をつけよう。
 というか、絶対同期の女の子で黒尾くんのこと好きって人居るよね。怖いなあ。節度、大切に。心のなかで復唱する。勢い余って逆セクハラにならないように気をつけよう。

 ビール片手に新卒時代の思い出話。テーブルには焼き魚とチャンジャ、キュウリの漬物にだし巻き卵と焼き鳥が数本。本当に普段頼むものばかり注文してしまったが、いざ目の前に並んだ品ぞろえを見ていると若手先輩感が無くて不安になってきた。干からびた先輩だなと幻滅されてないことを祈りながら会話を続ける。研修の講師誰だった?とか面接官のあの人実はこういう人だったんだよ、とか裏話を色々言いながら最後には同期は5組くらいカップルで来たけどそのうちまだ付き合ってるのが一組だけという話になった。多分この類の話は毎年されてるのだろう。私も先輩から同じ話を聞いた。

「黒尾くんそういうのなんにもなかったの?」

「あー無いこともないですけど…」

 急に歯切れが悪くなったので何かあったなと察した。まあ私も人のこと言えたもんじゃないけど、と同期もとい元彼氏の顔を一瞬思い出す。

「まあ、同期があんなに長期間集まれるのって新卒のときだけだし、そりゃ色々あるよねえ。」

「#dname#さんも色々あったんですか?」

「私は恥ずかしながら4/5組のほうでした。」

 同期の中で仲良くなった一人と付き合ったけど1年も経たずに別れた。と説明するとへえ、と含みのある相槌をもらった。他部署の懇親会にも彼は出てるだろうし、万が一彼の後輩になったらまずいと思い、この前はそういったゴシップには極力触れずにやりすごしたが、黒尾くんはこの部になったし、なんとなく話してもいいかと心許してしまった。

「じゃあ#dname#さん今フリーなんですか?」

「そうだね、彼氏募集中」

「じゃあ俺、立候補してもいいですか?」

 ばちり、と視線がぶつかる。黒尾くんの顔が近い。さっそく先輩をからかうのやめてと笑ってみるが黒尾くんは一切笑わない。

「どういうつもりか分からないけど困る。部署一緒だし、黒尾くんは仕事を覚える時期でしょ。」

「…仕事も頑張りますよ、#dname#さんに頼りになるって思われるくらい。それならいいですよね?」

「いきなりそんなこと言われても信じられないし、同じ職場で恋人とか考えられない」

「なんで?別れた時気まずいとかですか?」

「それもそうだけど…」

「なんか色々#dname#さん言いますけど、俺自体は脈無しじゃないんですよね?」

 その問いに思わず口をつぐむ。黒尾君のいう通り正直格好良いと思っているし、後輩じゃなければ気軽にOKしていただろう。その葛藤を読み取ったのか勝ち誇った笑みを浮かべて「ならよかったです、」と黒尾くんは言った。

「#dname#さんの不安、全部取り除けばOKですよね。待っててください。」

「…まだ何にも言ってない」

「でもその間にふらっとどこか行かないでくださいね、#dname#さん美人だし愛想いいからそれだけ心配です。知らない間に#dname#さん取られてたら俺泣いちゃう。」

「黒尾くん私のこと何にも知らないでしょ」

「知らないところはこれから教えてください」

「それで幻滅するんでしょ、勝手に持ち上げて勝手に落胆されるのなんて迷惑。」

「…それって前の彼氏さんの話ですか?一緒にしないでもらえます?」

 年下のくせにめちゃくちゃ図星をついてくる。まさに元カレに言われたことだった。

「元カレ先輩がどんな人か俺は知らないけど俺は勝手に#dname#さんに期待してたりしないですよ、#dname#さんだって俺について知らないこと多いだろうし、これから知っていきましょうよ。」

 例えばビールが好きなこととか、と私のグラスに目を配る。でも、だって、と御託を並べるも黒尾くんは優しくそれらをいなす。 それ以上もう否定はできなかった。私の心も黒尾くんに惹かれてるのは間違えようの無い事実なのだから。

「…黒尾くんの気が変わらなければ」

 黒尾くんは私の言葉に満足げな表情を浮かべてありがとうございます。と言った。 別にまだ付き合ったわけじゃないけど、多分これからますます黒尾くんに惹かれてしまうんだろうと私の予感が言っている。
 後輩だとか、また駄目だったらどうしよう、とか不安は沢山あるし何なら今日のこの一連の流れもどっきりじゃないか、なんて思ってしまう。 そのリスクの中に潜む幸せを手に入れるためにまずは再来週のライブに向けて、少しでも枯れた生活を元に戻そうと心に誓った。


(2024.03.21)

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